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浦和地方裁判所 平成7年(ワ)2101号 判決 1998年1月30日

原告

乙山太郎(仮名)(X1)

乙山春子(仮名)(X2)

右両名訴訟代理人弁護士

渡辺千古

寺崎昭義

武田博孝

水永誠二

被告

幸手市(Y)

右代表者市長

増田実

右指定代理人

戸谷博子

柳井康夫

芦澤治

原田鉄也

野村隆志

戸塚富士夫

船川正志

後上孝

被告補助参加人

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

牧元大介

理由

一  請求原因一(当事者)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、同二(転落事故の発生)の各事実は、本件事故の具体的態様を除いていずれも当事者間に争いがない。

二  本件事故発生の状況について

1  当日の本件事故発生に至るまでの経緯

平成七年一〇月七日撮影の幸手市香日向二丁目一五番から二四番の周辺の写真であることに争いがない〔証拠略〕によれば、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故当日(平成七年五月三一日)、幼稚園に通っていたAは、いつものように幼稚園バスに乗せられ帰宅の途につき、午後三時ころ、香日向二丁目二三番二号の家(〔証拠略〕)の前でバスを降り、出迎えた原告春子とともに原告ら宅(〔証拠略〕)まで約八〇メートルの距離を歩いて帰ったが、右宅前でAの友達であるBに遊ぼうと声をかけられたため、家には入らず、先程幼稚園バスを降りた場所の近くの空き地(〔証拠略〕)へ行こうと走り出したBとともに右空き地に向かった。そして、原告春子も、付き添いとして二人の後について行った。

AとBの二人は、右空き地に着くと、タンポポを摘んだり綿毛を飛ばしたりして遊び始めた。

(二)  原告春子は、数分程二人に付き添っていたが、自分とAの日除けのための帽子を取りに帰るとともにAの幼稚園のかばんを置きに帰るために、「ここにいてね。」と声をかけた上で二人を置いて原告ら宅に戻った。原告春子が空き地を離れるときは、二人はタンポポ摘み等に熱中しており、空き地を離れる様子はなかった。

(三)  原告春子は、家に戻ってAのかばんを置き、帽子を持って家を出ようとしたところ、インターホンが鳴ったので外を見ると、Bと見知らぬ中学生が家の前に立っており、BからAが池に落ちたと聞かされた。原告春子が二人のもとを離れてから数分程度後のことであった。

(四)  その後、原告春子は、走り出した中学生の後について走り、本件水路のすぐ東にかかった橋の上までやって来たが、橋の上から水路を見てもAの姿は見えず、Aが落ちた場所も分からなかったので、右中学生にAの落ちた場所を尋ねた。右中学生は、本件水路の方を指さしたが、落ちた地点をはっきりと示すことはできなかった。原告春子が後に聞いた話では、右中学生は、既に本件水路に落ちたAの頭が水面から出ているのを見ただけだということであった。

(五)  その後、原告春子は、巡回していてたまたま通りかかったパトロールカーを止め、乗車していた二人の警察官に事情を説明してAの救助を求めた。また、右中学生もAが落ちたと思われる地点を説明した。警察官の一人は、辺りを見回しAを探すための棒を探し始め、別の一人は、応援の警察官や救急隊を呼んだ。

Aは、しばらくして駆けつけて捜索を開始した救急隊により、水面下に沈んでいるのを発見され直ちに本件水路から引き上げられて、救急車で東鷲宮病院に運ばれ治療を受けたが、同日死亡した。

(六)  Aが本件水路に転落した際、そばに居合わせたのはBだけであったが、原告春子がBの母を介してBから転落状況を聞いたところ、Bによる説明は、「Aは、本件隙間そばの桜の枝について虫を取ろうと夢中になっているうちに本件隙間の先から本件水路に落ちた。」というものであった。

2  本件事故の具体的態様

(一)  本件事故現場付近の状況

(1) 次の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(イ) 本件水路を含む大中落は、もともとは利根川から分岐した未改修の河川であったが、昭和五九年ころから大中落の貫流する幸手市香日向地区において宅地開発が始まり、それに伴い大中落も昭和六三年ころまでには本件水路を含め本件事故当時のような状況に改修された。

(ロ) 本件水路は、幅員約五メートル、深さ約一・八メートルであり、両壁面及び水底部はコンクリートで形成され、両壁面は垂直となった三面構造であり(なお本件緑色フェンスより西側の部分の壁面及びその対岸の壁面はやや斜面となっている。)、本件事故当時、水は停滞し、水深は一・四メートルであった。

(ハ) 本件水路は公道幸手・鷲宮線の南側に右公道と平行に走り、本件事故当時、本件水路の付近一帯は、右宅地開発の影響で新興住宅密集地となっていたとともに公園、畑などが存在し、本件事故現場付近には本件駐車場のような空き地も存在した。

(ニ) 本件事故当時、本件水路の両側には転落防止用のフェンスが設置されていたが、その幅約二三センチメートルの本件隙間が残ったままであった。本件緑色フェンス及び本件白色フェンスの高さは、順に約一二三センチメートル、約一〇八センチメートルであり、右各フェンスと本件水路との位置関係は別紙3図面のとおりである。

(2) また、〔証拠略〕によれば、以下の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(イ) 本件駐車場は、面積は約五〇〇平方メートルであり、本件事故当時は、未舗装で、随所に雑草が生えており、本件白色フェンス沿いには、桜の木を含む雑木雑草が密生していた。

(ロ) 本件緑色フェンスの南側は、その一部が畑様になっており、近隣住民が家庭菜園として利用しており、他の部分は、雑草がまばらに生えた荒地になっていた。本件駐車場と右の家庭菜園とは白い金網で仕切られていたが、右白い金網の北端は本件隙間から約三四〇センチメートル手前で途切れており、その間を通って、本件駐車場から家庭菜園の部分へ行き来することができた。

(二)  本件事故の具体的態様について

以上の本件事故現場の状況を前提として、Aの本件水路への転落の具体的状況につき検討する。

前述のとおり、原告春子がAのそばを離れた際、AはBとともに空き地でタンポポ摘みに興じており、原告春子が急を聞いて駆けつけたときは、Aは本件水路に沈んだ状態であって、現場にいた中学生もAの頭が浮いているのを見た程度で、Aが本件事故現場に至って転落した状況を見ていたのはBのみであったのである。しかるに、Bは、その母に対して、Aは、桜の枝の虫を取ろうとしている内、本件隙間から転落した旨を説明しているようであるが、右説明はあまりに簡略であり、Bの年齢(当時四歳)を考えれば、どこまで信を置けるかは疑問であって、結局、Aがどのようにして本件水路に転落したかを確定的に認定するだけの証拠はないと言うべきである。

しかしながら、Aの身長が約一〇一センチメートルであったこと(当事者間に争いがない。)に照らすと、高さ一メートル以上の本件緑色フェンスや白色フェンスをあえて乗り越えて本件水路側に出たことは考え難いから、本件隙間を経由して本件水路の護岸コンクリートに至り、そこから転落したものと考えられる。本件隙間は本件駐車場とその西側の土地の境付近にあり、いずれからも行くことができるがAがどのような経路をたどって本件隙間に至ったか(本件駐車場から直接行ったか、一旦、西側の土地に出てから行ったか)については、必ずしも明らかであるとは言えない。

ただ、本件隙間はわずか約二三センチメートルしかなく、いかにAの体が小さいとはいえ、フェンスの内側でよろけた瞬間に本件隙間をすり抜けて転落したとは考えにくく、Aは本件隙間を認識し、何らかの意図を持って本件隙間を通り抜けて護岸コンクリートに至り、そこで態勢を崩して転落したと見るのが最も自然である。そして、前述のBの説明内容も考え併せれば、Bは、虫など興味を引く物の存在につられ、本件隙間を通り抜けた可能性が高いと思われる。

もっとも、本件隙間を通り抜けようとして本件白色フェンス支柱下の基礎コンクリートと護岸コンクリートとの段差でバランスを崩して本件水路に転落した可能性もあるが、いずれにせよ、Aは本件隙間に気づかないまま転落したとは考えられない。

三  本件事故についての被告の責任について―本件水路の管理の瑕疵の有無

本件水路の管理は、国の機関委任事務として幸手市長が行い、幸手市がその費用を負担していること(すなわち被告の国家賠償法上の責任主体性)については当事者間に争いがないので、以下、右管理について瑕疵があったか否かについて判断する。

前記二2(一)で述べた本件事故現場付近の状況によれば、本件水路は、これに人が転落すれば溺死の危険があり、また本件隙間をすり抜けて護岸コンクリートに至れば転落の危険があったことは確かであるから、本件で問題となるのは、被告が、児童等が本件隙間をすり抜けることを防止するための措置をとらなかったこと、あるいは護岸コンクリートから本件水路への転落を防止する措置をとらなかったことが本件水路の管理の瑕疵にあたるか否かということになる。

1  〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場付近には、原告ら宅の東方約百メートル先に二五〇〇平方メートルの広さを有する中川崎公園と呼ばれる児童公園が存在し、また、本件事故現場から公道を挟んだ北側に、約二万平方メートルの広さを有する千塚西公園と呼ばれる公園が存在し、さらには原告ら宅より西に約二〇〇メートルのところには、周りに植物の植えられた調整池(人工池)も存在した。

(二)  このうちAが最もよく遊んでいたのは中川崎公園で、千塚西公園や調整池に遊びに行くこともあった。Aが遊びに行くときには、原告春子が必ず付き添っていた。

(三)  Aは、幼稚園の友人の母親に連れられ、本件緑色フェンス南の土地付近に行き、タンポポを摘んだり散歩をしたりしたことがあったが、原告春子がAを右土地付近に連れて行ったことはなかった。

また、右土地付近には、畑様の土地で家庭菜園を利用している者の子供が親と一緒について来ることもあり、また大人が犬の散歩で通ることもあったが、日常的に子供が遊びに来るようなことはなかった。

(四)  本件水路では、家庭菜園を利用する者が長い棒を付けたバケツを使って水を汲み上げることは行われており、また橋の上から釣りをする者も全くいないわけではなかったが、護岸コンクリート等に入り込んで遊ぶような子供が見かけられるようなことはなかった。

(五)  昭和六三年以降本件事故以前に本件水路に転落する事故はなく、本件水路の転落防止施設の改修等に関する要望もなかった。ただ、市と香日向二丁目自治会との懇談会(平成四年九月二〇日実施)において、本件水路を含む農業用水路に簡易な救命道具等を用意してはどうかという意見が出されたことはあったが、それ以上に現在ある施設の改善を求める意見が出されるようなことはなかった。

2  前述のとおり、本件水路は、児童等がいったん転落すると生命の危険があったことは否定することができないが、本件水路の両側にはフェンスが設けられていたのであり、被告に本件水路の管理に瑕疵があったというためには、児童等が本件隙間を経由して本件水路に転落する危険について予測可能であったことが前提となる。しかるに、本件隙間は二三センチメートル程度のものであり、たとえ幼児であっても意識的に本件隙間をすり抜けなければ本件水路側に出ることはないと見るべきである。そして、前記認定の本件事故現場付近の状況に照らし、本件水路や本件駐車場を含めた本件事故現場付近が子供にとり魅力的な場所であるとは言い難く(確かに密集した木々が子供にとり誘惑的要素になり得るとはいえなくもないが、右木々のうち本件隙間付近は道路からみて奥まったところに存在するし、そもそも緑が周りに全くないわけではなく、近くの公園にも多数の植物が植えられていた。)、本件駐車場の一番奥まった場所に存在する本件隙間付近へ近づく児童があることやその児童が本件隙間から本件水路にまで至ることは、一般に予測困難であったとみるのが相当である。

そもそも本件駐車場は私有地であり、前記認定の状況からしても、付近住民に開かれた場所になっているとは言い難く(付近の状況に照らし、南で行われていた建物建築の工事関係者が車を停めるために使用しているのが主であったと見られる。)、右駐車場の西側の土地へも家庭菜園を行う者以外に頻繁に訪れる者があるとは思われず、同様に近所の者に開かれた場所であるとは言い難い。そして本件事故現場付近の状況に照らし、本件隙間自体、(本件事故が起こった後である現在から見ればともかく)本件事故以前にその存在を認識し難い、ないしは少なくとも見過ごしやすいと言えるものであり、その存在自体が危険性を感じさせるものであったとも言い難いのである(現に、〔証拠略〕によれば、Aの本件水路への転落を知って、原告春子や警察官、救助隊が右水路内を捜索する過程でも、本件隙間の存在とそこからの転落の可能性につき、右関与者らが言及することはなかったことが認められるのである。)。

そして、本件事故以前に本件水路への転落事故がなかったことや付近住民からフェンスの改修等事故防止措置をとるよう要望がなされたこともなかったことも併せ考えれば、本件において本件隙間をすり抜けて本件水路に転落する者の存在を予測するのは困難な状況にあったというべきである。

3  もっとも、確かに、幼児の場合は成人の場合に比べ公の営造物の通常の用法に即しない行動に出る可能性が小さくなく、予測可能性の検討はより慎重でなければならないし、大人が及びもつかない行動をとった幼児が当然に責められるべきであるとも言えない。そして、本件隙間が存在しなければ、そこをすり抜けた上での転落事故が起こらなかったことも結論としては疑いがない。

しかしながら、国家賠償法上の公の営造物の設置管理者の責任及びそれを前提とした費用負担者の責任は結果責任を認めたものではなく、あくまでも事故発生時における公の営造物の設置管理に瑕疵があったか否かで検討をすべきものであり、行政としても、事前に幼児のあらゆる行動を予測して危険をあらかじめ取り除くことはおよそ不可能なのであって(実際、本件隙間の存在について本件事故以前に危険性を感じていた者の存在を肯定し難いばかりでなく、本件隙間の存在自体、特に気づいていなかった者がほとんどであったとさえ言えるのである。)、本件事故現場付近が子供の遊び場と化していた実態がある場合はともかく、本件のようにそのような事情がない場合には、本件水路の管理者にとり、本件事故のような態様の事故発生の危険性を具体的に予見することができなかったことをもって管理に手落ちがあったとすることはできないのである。

4  以上によれば、本件水路の管理者が、本件隙間をすり抜けて本件水路に転落する事故を防止するための措置を講じなかったからといって、本件水路の管理に瑕疵があったとは言うことはできない。

四  結論

以上のとおり、原告らの被告に対する各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林克已 裁判官 坪井祐子 西森英司)

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